自然との対峙

 空を見るとき、そこに神を視ます。大地の広がりを見るとき、そこに仏を視ます。海の荒々しさを見るとき、そこに母なるものを視ます。

 日本人は自然の中に人ならぬものの存在を感じて畏怖し崇敬の念を抱き祈りました。それは人であれば誰もが感じる思いで在り、そこから自然崇拝が、自然宗教というものが生まれてきたのかもしれません。

 そこに声や言葉や象徴となるものを感じ取っていく度合いというものには民族間の相違があるとは思いますが、原則として人の思いは単純に変わらないものであると信じています。

 ただ外国の教会と日本の寺院や神社を見ていると自然というものに対する姿勢が違うように思います。日本人は自然を一つ突き放したものとして捉えているように思います。決して交わることは無く絶対的な存在として崇め敬うものとして見ています。

 他国の人たちは自然に取り込まれることを前提として見ています。自然は人と一体のものとでも言うように見ているように思います。だから自然を克服したり改変したりすることに何の躊躇も無く挑んできたのかもしれません。

 人が自然とどう対峙していけばよいのか答えはまだわかりませんが、日本人の自然観というものは何か一つ優れたものを含んでいるのではないかと私は思っています。

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